■ 無色の生き様 ■
朝、鏡に映った色の無い右目に、ふと星史郎は目を遣った
昴流君を庇って失った右目
既に『賭け』のタイムリミットは心の中で告げられていた時の事だったそれなのに、何故僕は彼を庇ったのだろうか
右目が血を流しても僕は何とも思わなかった
痛みも辛さも感じない
今もそうだ
傷ついたのは僕ではない
傷ついたのは、昴流君
鏡像の右目に指先を滑らせて星史郎は微笑んだ
数日後昴流の学園帰りに星史郎が待っていた
女生徒達の視線を身に集めていることも意に介さない様子で、
コートの裾を翻しながら星史郎は昴流の前に真っ直ぐに歩いてきた
「部屋のキーです」
星史郎から突然鍵を渡された昴流はしばらく無反応だった
鍵の意味を図りかねている様だ
「キーホルダーをお付けしたほうがよかったですか?」
「・・・誰の部屋ですか」
「僕と昴流君のです」
やっと口を開いた昴流だったが、答えを返すとさらに黙り込んでしまった「昴流君」
星史郎に指先で顎を上向かせられる
昴流は咄嗟にその指を掴んだ
そのまま星史郎は渡した鍵ごと昴流と軽やかに指先を絡めた「まるで僕の愛人になった様な顔をなさらないでください」
「なっ・・・・・・」
左目だけが交錯する
昴流を映さない右目
「やはり、お付けしたほうがよかったですかね。キーホルダー」
星史郎はいつもの様に微笑んでいる
ずっと変わらない微笑み
きっとこれからも変わらない微笑み
「・・・いいえ、別に」
うわごとの様に昴流は呟いた
星史郎の指を重く解いて鍵をしまいこむ
その手を今度は星史郎に捕われたサングラスを外して微笑む
星史郎は昴流の手を自らの右目に宛がった
自分の手の隙間から垣間見える星史郎の色の無い目
その目に昴流は自分の映し身をみた
そして、舞桜
―― 術?
違う これは『現実』
これは自分だ
―― 色の無い目に居るのは、散り桜に捕われた自分自身の現身だ
昴流君
この右目が僕だけを忘れさせない
傷ついたのは貴方です
何故あの時庇ったのか解りました
貴方を傷つけていいのは僕だけです―― 何故なら、貴方は僕の『物』ですから
滑らせる様に手を離されて昴流は我に返った
「お気が向いたときにでも、一度お部屋を覗いてみてください」
「星史郎さん――」
「ご連絡いただければ僕も行きます。それから――」
星史郎は外したサングラスを昴流にかけてやった
「差し上げますよ」
風に揺れる黒いコートの後姿が見えなくなる迄昴流は見届けた
星史郎にかけられたサングラスを透過して見る世界
桜の花びらの様な色の薄い世界
桜の香りだけが残る色の無い世界「星史郎さん・・・」
―― 色が無いのは貴方の心なのだろうか
昴流は目を閉じた
鍵に触れると微かに星史郎の体温の痕がする
心なしか鍵が重い
もう僕も星史郎さんも幻覚ではない
それならば僕はこの重さを背負おう
この重さが何であれ・・・・・・
無色の生き様を、貴方だけと――
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